普通?特別? U
 

 

 残暑が長引いて、紅葉が遅れた暖かな秋が、それでもさすがに暦の上での冬を迎えると、それらしい空の色や風を、運んでも来るもので。大学アメフトの秋期リーグも何とか落ち着き、後は12月の半ばに甲子園ボウルがあり、それから新年には実業団リーグの覇者とのライスボウル。本年度のクライマックスを迎えることとなる。これらは関東一部リーグの覇者、クラッシュボウルを制したチームに課せられるステップで、
“今年はまだ、ボクらには関係ない、か。”
 何せリーグ違いな身だからして、そのような華々しいことには…残念ながらまだ縁がないものの。上のリーグへ上がる“入れ替え戦”は征したので、目標は完遂。悪魔様からも“よく出来ました”のお尻へのキックを頂いた。

 “…うあ、吐く息が白くなる。”

 今朝は特に、いきなり寒くなったものだから、トレーニングウェアで玄関から出た途端、おおうと総身が縮こまる。体を動かしてしまえば何てことはなくなるのだけれど、その直前のこの感覚を、

 『走り出す前に噛みしめるようになれた』

 そんな風に話してくれた人がいる。これまでは、だったら防寒具が要るとかいう、やはり理屈にのっとったことへの、判断材料でしかなかったのだけれど。足元に落ち葉がまといつくようになったとか、鉄橋を渡る電車の轍の音がいやに良く聞こえるようになったとか。頬を叩く風の重さや冷たさ、すぐ昨日と比べると大きな変化はないけれど。今頃だとキンモクセイの匂いがするとか、夏場は土手沿いの木々が木陰を作っていて涼しいとか。そういった変化に時々ながら視線が向くようになって。集中を散らしてのことだと、それではいかんと自戒していた頃よりも、気持ちにゆとりが出来たような気がすると和やかに微笑って話してくれた進さんだったし、

 『そうそう、進との会話に齟齬が減ったんだよね。』

 何てことを気づいての喜んでいたのは、桜庭さんだったなぁと、それまではどんな会話になっていたんだろと、ついつい苦笑していると、

 「?」
 「あ、いやあの。何でもありません。///////

 あやや、ご本人から不審そうなお顔をされちゃった。どぎまぎしつつも頬が赤くなるのは、この距離感が嬉しいから。進さんが所属するU大フランベルジュは今年も大学リーグ連覇を達成し、只今、甲子園ボウルに向けてF学舎にての合宿中だそうで。その合宿所が泥門市にあるものだから、ご実家よりもずんとご近所同士という間柄になる進さんと、以前にも増してランニングなぞで遭遇する機会が多くなったことが、嬉しいったらないセナだったりするのだ。寒さに堅くなってた手足も今はじんわり温まり、フットワークが軽快になって来る。でも、だからって調子に乗ってペースを上げると、今度は汗が冷えて来るし、何より、まだどこかが堅いままだったなら、それが原因で足がもつれたりして怪我にだってつながりかねないので、短慮は厳禁…なのだけど。
“はやや〜〜。/////
 ちょっぴり恥ずかしくてのこと、ほんの僅かほどペースが上がったセナだったのへ、おやおやと苦笑を向けつつ、追随してくれる進さんなのもまた、とっても進歩してのことではなかろうか。





 曇天に似た黎明の白から、あたりはすっかりと朝陽の目映さと青とに塗り潰されて。そろそろ家へと戻らなきゃという頃合いになって来たため、ランニングコースは土手から住宅街の方へと下ってゆく。セナの通うR大も講義自体は既に冬休みに入っているが、悪魔様は早くも次のステップに向けての構想に余念がないらしく。恐らくはクリスマスも年の瀬もない十二月になりそうな気配。まま、それは別に構わないのだが、大掃除のお手伝いが出来ないことを母へとどう言い訳すればいいのか、それが唯一の頭痛のタネだったりし。足音もなくひたひた迫る年の瀬は、誰の頭上をも公平に駆け抜けてゆき、決して待ってはくれないのだ。

 “…ん? これは?”

 そんなことを思っていたせいでの空耳か。何やらたかたかと小気味のいい足音がついて来てはいませんか? いや、進さんは今はお隣りにいるし、第一スニーカーの足音じゃあない。ちゃっちゃっちゃっという微かな“それ”は、爪でアスファルトを擦るような音で。でも、こんな音がする例えばスタッドレスタイヤなんて聞いたことないし、第一、車の重厚な気配じゃない。
“何だろ?”
 セナが背後を振り返りかけたのと、それが飛びついて来かかったのがほぼ同時。
「…っ。」
 咄嗟に進さんが立ち止まっての反転し、セナとの狭間へ立ちはだかってくれようとしたのさえ、見事にかいくぐってタックルを決めたのは、

 「あうっはうっvv
 「え〜〜〜っ?」

 こちらは…さすがにフィールドじゃないからと油断していてワンテンポ遅れた、そんなセナの振り返りかけてた上半身へ、横合いから飛びついたカッコになった…そりゃあお元気なふかふかの毛玉。ど〜んとぶつかって来られて、昔だったら難無く押し倒されてたところだろうに、押され負けこそしたものの倒れるまでには至らなかった、小さいお兄さんの肩口にお顔を乗っけて。はふはふと弾んだ息をしている彼こそは、

 「もしかしてキング?」
 「あうっあうっvv
 「何でこんなとこに居るの? お散歩にしては遠いでしょうに。」
 「はうっはうっvv

 会話が成立していたりして。
(苦笑) 知らない仲ではないお家で飼われておいでの、小さなコリーこと、シェットランドシープドッグに朝っぱらから思い切り懐かれてしまったセナであり。そんな一人と一匹を、どうしたものかと眺めていたお連れさんの雄々しい肩口へも、
「…っ。」
 傍らの塀の上からぴょいっと飛び降りて来た存在があり。はっとしてのつい、反射的に出かかった手刀がピタッと止まったのは、それが進にも見慣れた模様の猫だったから。白地に耳と頭が黒い、小早川さんチの…タマではなかろうか。お散歩の途中で通りかかったものなのか。彼もまた、進さんの肩の上からセナの方を見やっているのだが。
「…?」
 何とはなくそのお尻尾が膨らんでいるのは、苦手な犬が間近いからか、それとも、

 「見、見つけた〜。」

 ちょこっと息切れの乗ったような頼りないお声がして。何でまた蛭魔さんのご実家のわんこがこんな遠い隣り町に来ていたかは、その人であっさりと説明がついてしまったところが…自分たちって絶妙な間柄だとつくづく思ったセナだった。そして、

 「桜庭、ご近所に迷惑だから朝っぱらから妙な声を出すな。」
 「悪〜るかったねぇ〜。」

 四本足同士の競走を追っかければこんな情けない声にもなるさ、と。日頃の爽健っぷりもキラキラときらめく笑顔の、面影の欠片だってないままな息も絶え絶えに、傍らのブロック塀へともたれ掛かっている桜庭から、そうと付け足された一言で。あああ、やっぱり〜〜〜っと、セナが恐縮の塊となってその小さな肩をすぼめてしまう。恐らくは、朝のお散歩だか夜遊びだかから帰って来る途中だったタマと、桜庭がリードを引いてのお散歩中だったキングとが、どこぞかで鉢合わせしての鬼ごっこが始まってしまったのだろう。何せタマからはセナの匂いがしただろし、お外の空気を嗅がせてやってと恋人さんから頼まれたお散歩、実は桜庭自身の自主トレ代わりだったらしいので、一応はトレーニングウェア姿ではあったものの、
「朝一番にここまでの距離を全力疾走させられようとは…。」
 途中からリードぶっちぎりで駆けてったキングを、よもや見失っては一大事と。そりゃあもう限度を超えての走りを要求されてしまったアイドルさんだったらしく。鍛えてあって良かったと、何だか順番が逆になってる朝っぱらからの過激な運動。一般の方々はくれぐれも控えましょうね。(いやホントに。)




          ◇



 桜庭さんのあまりの疲労困憊ぶりに、セナが携帯で蛭魔へと連絡を入れて。やだやだまだセナ兄ちゃんと遊ぶのと、駄々こねするわんこごと、蛭魔家の執事の加藤さんが手際良く引き取って行かれた黒塗りのクラウンを見送って…さて。

 「…何だか凄い構図でしたね。」
 「何がだ?」

 え? だって、あの桜庭さんが、手入れされた可愛らしいシェルティのお散歩してたんですよ?
「そんな場面、テレビのドラマででもない限り、普通はお目にかかれないものな筈ですのにね。」
 息も絶え絶えって無残な姿だったがなと、ここに彼の恋人さんがいたならば、ご丁寧にもそんなことまで付け足したことだろが。
(苦笑) 全国の桜庭春人ファンが夢でもいいから見てみたいとする光景を、ごくごく自然に目に出来るのだなぁと思った、そんなセナの視線が向いた先では。彼もまた一連のすったもんだの立派な当事者だった筈な小さな猫を、その肩に乗せたままな進がいて。ちょっぴり鋭角の過ぎる精悍なお顔が、でも今はちょっとだけ穏やかさを増していて。肩口に懐いてる猫に、小さな頭ごとうにうにと擦り付けられての頬擦りされたりなんかすると、対処に困ったような、どこか戸惑いの表情を浮かべてこっちを見やるところがまた、

 “うわあぁぁあぁ……っ!/////////

 こちらもまた、全国のアメフト大好き女子高生に秘かに増加中だという進さんファンなら、隠し撮りででも見たいと思うだろう、滅多にはない素のお顔。勿論のこと、セナ自身もドッキドキの意外なお顔で、それをこんな間近で、しかも独り占めして見られるだなんてと。
“恵まれてるよなぁ…vv////////
 自分には今や普通の、当たり前のことが、実は物凄い特別なんだと。こんな形でつくづくと、思い知ってみるセナだったりし。

 “…いやあの、こんな腑抜けたことばっかじゃなくってですね。///////

 試合中にだって ふと思うこと。いつだって及び腰だった、逃げることしか考えたことがなかったボクが、色んなチームの物凄い人たちに立ち向かってるってこと。いわゆる上級の人でも面と向かうと息を飲むような、そうそう簡単には制することなんて出来ない、うんと手古摺るような、そんな人を前にして、こっちから“倒さなきゃ”って“乗り越えなきゃ”って向かってくのが、そんな風に思う自分に気づいて、それ自体が凄いなって。信じられないって感じることが良くあった。あんな凄い人だのに、倒さなきゃなんて思ってる。そんな風に思ったその初めが進さんだっていうのも、

  ―― 今にして思えばとんでもないこと。
      でも、それが“始まり”だったから。

 あの試合で生まれて初めて、仕方がないとか痛いことからは逃げてりゃいいとかじゃあなく、口惜しいとか勝ちたいとか、逃げないで進もうって、向かってこうって、そう思ったのが全ての始まりで。

 「?」

 そうそう何にでも、ただぶつかりゃいいってものじゃあないけれど、うつむかない覇気と逃げない勇気をくれたのは間違いなくアメフトで。そうでいられたことで、こんな凄い人と並んでいられるんだ、特別なことを遠巻きに見てるだけじゃなく、そんなことのすぐ傍らにいられたり、もんの凄いことの当事者だったりするボクなんだなって。そゆことを、今更ながらしみじみ思っていたらば、

 「小早川?」

 肩から降りて来たタマを、その大きな手に抱えたまんまの進さんがキョトンとしていて、あわわと慌てる。


  ―― な、なんでもないですっ。///////
      そうか? 何だか顔が赤いが。
      寒いからですよう。汗を冷やさないうち、帰りましょう。
      うむ。


 町並み家並みもすっかりと明るくなってる初冬の朝。汗を冷やしちゃ本末転倒だと、それでも体の起動に必要なウォーミングアップは済んでるお二方、軽快な足取りで家路を辿る。お風邪なぞ拾わないよう、気をつけて下さいませね?






   〜Fine〜  07.12.10.〜12.11.


 *お久し振りの原作Ver.でございますvv
  二人とも大学生ですが、何回生かは敢えて書いてませんで。
  これまでの流れで言えば、
  進さんには最後の年の…となってしまう年度のはずですが、
  そういうのをいちいち意識するのが
  このところの筆の重さの原因じゃあないのかなと
  やっとのこと、気がつきまして。(遅っ)

  原作ではまだまだ全然最初の年度だっていうのに
  次は実業団? それとも本場アメリカ?なんて、
  わたしの許容の狭いオツムでは、
  先走るにしたって限度ってものがあります。
  なので ここからは、お題以外でも
  何回生の春だ冬だにはあんまりこだわらないお話を
  書くことが多くなると思われますが、
  どうかご了承下さいませです。

  あと、お題のコーナーでは
  これまで通り“高校生Ver.”を展開してゆきますので、
  そちらも どかよろしくですvv

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

ご感想はこちらへvv**


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